今更だけど、最近カメラに凝っている。
今使っているのは大枚二十枚もはたいて買ったカメラ。それに以前からカメラ付きPalm、Zire71とZire72を使っている。一時期110のフィルムカメラ−いや、キーホルダー程度のおもちゃを持ち歩いて使っていた事もある(現像代がかかるので百枚ぐらいしか撮らなかったけど)。
"デジカメ"っていうメカな部分が好みにあっているのもあると思っている。3年前に転職しデジカメに携わる仕事に就いたこともあるだろう。
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それ以外に、「集めるのが好きだ」というのがあるのかも、と思っている。いやらしく言うと収集癖だ。レンズ交換式カメラを選択したことでオプション−レンズを取っ替え引っ替え出来る。それはつまりレンズを収集するという行為が発生する事を意味する。
よく考えればかなり意味のない行為、というか荷物が無駄に増えて行く一方なので自分でも困るほど始末が悪かったりする。
カメラとはなんぞや。
少なくとも、集めてお仕舞いの物ではない。この道具としては最低限では一個あればいいのだ。
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カメラを使う人のwebをあちこち見ていて、自分の写真と比較してみる。
自分の写真の伝わらなさには辟易しているのだが、それは置いておくとして、自分の傾向を読みとってみることにする。すると、風景が多い。建物ひとつではなく街並み。一本の木ではなく荒野全体。そんな物をカメラに収めている。
それはきっと、"見た目"を記録して手元に残そうとしているに違いない、と思い至った。
要するに、収集癖なのである。
最近のにっくの写真はすごくいいなあと感じる事が多い。
表面だけじゃないものがうつってきた感じ。
デジカメとにっくって相性がいいんじゃないかなと勝手に思ってます。(表現方法としてね)
なーんてえらそうなこと書いちゃった。
写真のことは分からんので、単に感想ね。へへへ。
写真家が撮りたいと思うモノ,絵描きさんが描きたいと思うモノ,音楽家が奏でたいと思うモノ,心理学者が研究したいと思うモノ(!),これらは全てその人本人の内面の写しなんだと思います.
ある程度の技術を伴う表現じゃないと無理でしょうが,それなりの「アウトプット」からは「その人」が読み取れるんじゃないかと思います.
撮りたいものって人によって違ってそれが面白いと思う。
にっくさんにとってはUntitledのアルバムの題のごとく、
「見た目」と言うより視線や視界そのものなんですかね。
おいらの場合は結局「光」「街」のようです。
(下手すぎてよーわからんのだけども(汗) )
「街」は街並みじゃなく街。
たった1つの物だけでも街を感じれればOKだし、
逆に街並み写っててもなんかダメだったりするし。
ちなみにおいらが知ってる写真撮る人の中に、
人専門な人も居ます。
人の「動いてる」一瞬をものすごく見事に切り取ります。
その人の写真見るたびに唸るのだけど、
でも自分で同じ写真撮りたいと思わんのだよなぁ・・・
(一瞬じゃなくて動きそのものを撮りたがってしまう)
ああ、SideBに書こうと思ってた話、そのまんま書いちゃってるよ・・・(汗)